冬の大滝【2010年2月】−その3



おなじみの西川山と胡桃平地区風景


同上
近年は本当に積雪量が少なくなりました。
私が住んで居たこ頃は、今の時期は屋根の軒下まで雪が積もったものでした。


雪囲い
昔はどの家も防寒と雪の吹き込みを防ぐため、このような萱(かや)で家の周囲全体を囲っていました。
また萱(かや)は、家の屋根を葺く材料(屋根材)や炭俵を作る(スゴ編み)材料として大切なもので、
秋が深くなるとどの家も競って萱刈りをして集めました。
・・・萱(かや)=ススキが自然に立ち枯れたもの。


何者かが開けっ放しにした渡辺清治様旧宅の戸を閉めました。


胡桃平の共同洗い場(井戸端)
 瀬戸の沢の下流を渡辺清治様旧宅横で堰止めて、ここで集落の奥さん達が野菜や食器等を洗いながら井戸端会
議で集落の輪(今でいうチームワーク)を作っていました。


渡辺要一様旧宅・・・正義さん・光義さんの生家
左は渡辺要七様宅(智さん生家)跡地に福島の人が建てた夏の避暑のための家です。


渡辺要一様旧宅・・・正義さん・光義さんの生家


渡辺要一様旧宅敷地内の「鳳駕駐蹕之蹟」と「明治天皇大滝御小休所」の石碑


渡辺光義さんが生家の戸を開けて中に入りました。
光義さんの里帰りです。


高野孝治様宅跡地 ・・・ 中央の木の後ろの繭乾燥小屋は今だ健在です。
高野英治さん、伊藤弘治さん、高野勝治さん、紺野元治さんの生家跡地です。


高野家跡地から西川方向を見たところ
左側は渡辺角右衛門様宅跡地・・・渡辺和雄さんの生家


上の写真の反対方向から見た胡桃平地区


高野家の前から天を仰ぐ ・・・抜けるような冬空です。
弘治少年は、夜になると、よくここで天の川の観察をしたそうです。



ここから来た道を大滝・葭沢方向へ戻ります。

渡辺清治様旧宅


紺野明治様・剛様宅跡地(左)と渡辺清治様旧宅(右)


紺野兵蔵宅跡地と裏の小川


紺野兵蔵宅跡地(私の生家)
家は朽ち果てて無くなっても、左奥のすらっと伸びた「リーガンの木」(大滝名)が健在なのですぐに判ります。 昔、祖父(一枩)が『おめぇらが大きっぐなったら、この木が高く売れっからな』と良く言っていましたが、全然売れもせず未だに残っています。この木は何の材料になるの?、ネットで検索しても「リーガンの木」は有りません、この木の本当の名称は?、 謎です。


やまどじょう(トウホクサンショウウオ)がたくさん捕れた「いら沢」
二階堂様の家の道路の左(山梨の木)の沢です。・・・二階堂様専用の生活用水でした。
たぶん上流で、元治さんの落ちた「いら沢橋の沢」と交わっていたと思います。



その4へ続く



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冬の大滝【2010年2月】-その4
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