栗子山「参考資料」写真



鹿摩貞男様のご提供です。
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・栗子山は3か所
   栗子山の謎については、改めて「探訪記」に詳細を説明するつもりである。
    

@米沢市街地から栗子山を望む、
左稜線最高峰が地理院栗子山(三角点標高1216.6m)、
中央三角嶺が地元栗子山(大杭甲、標高点1202m)、
その隣が小杭甲(標高点なし地形図から約1130m)、
その隣り見えないが内務省栗子山(三角点標高1111.4m)が連なっている

A栗子山全景。
右端、大杭甲(これを「栗子山」とする)と小杭甲、併せて杭甲嶽と称し、
栗子隧道はそれらの鞍部中腹を貫いている

B米沢市刈安・萬世大路記念碑公園から栗子山を望む。小杭甲は見えない

C米沢採石場入り口付近から栗子山を望む(左端)

E栗子隧道福島側から栗子山を望む。
右側が「地元」栗子山(大杭甲、標高点1202m)、
その北側に附近の最高峰の「地理院」栗子山(三角点標高1216.6m)がある。
左側が小杭甲(標高点なし地形図から約1130m)、
その隣り南側に見えないが「内務省」栗子山(三角点標高1111.4m)が連なっている

G大平ドン詰まり駐車場から「地元」栗子山(中央、標高1202m)を望む (1)

G大平ドン詰まり駐車場から「地元」栗子山(中央、標高1202m)を望む (望遠レンズ)


D米沢市在住の古老、高橋昭平翁の描かれた栗子山



≪米沢市街地から望む栗子連山(仮称)≫

 「地元」栗子山(大杭甲)や「地理院」栗子山、「内務省」栗子山のいずれの高峰も栗子連山
(仮称)に属し、明治期における福島県側の地名で云うと岩代國伊達郡茂庭村字杭甲山(明治
22年4月1日、信夫郡中野村に編入され大字茂庭字杭甲山)地内に存在する。 旧名杭甲嶽
(大杭甲と小杭甲、その中間鞍部中腹に栗子隧道がある)は、字杭甲山の中心に位置する。現
在の地名は、福島県福島市飯坂町中野字杭甲岳である。

  A.「地元」栗子山(単に「栗子山」、大杭甲(山))
    米沢市街地から栗(子)のように見える高峰で、国土地理院地形図(2.5万分の1)に標高
   点のみの記載(山名なし)のある標高1202m峰を云う。 地元(米沢、大滝)の方が栗子山と
   通常呼んでいる。
  B.小杭甲(山)
    栗子隧道を介して、大杭甲(栗子山)と対称の位置の西側にある高峰で、国土地理院地
   形図上に標高点・山名はないけれども、地形図(2.5万分の1)から標高を読み取ると1130m
   超となる。
  C.「内務省」栗子山(三等三角点「杭甲山」、標高1111.4m)
    国土地理院地形図(2.5万分の1、5万分の1)に山名はないけれども、三等三角点が設置
   され、標高が記載されている高峰で小杭甲の南側に位置する(現行三等三角点「点の記」:
   点名「杭甲山」、標高1111.89m」)。戦前「昭和の大改修」を実施した内務省福島国道改良
   事務所及び戦後「栗子国道改築」を実施した建設省福島工事事務所で栗子山と称する。

  D.「地理院」栗子山(一等三角点「栗子山」、標高1216.6m)
    「地元」栗子山の北側に連なる山塊(稜線)の最高峰で、国土地理院地形図(2.5万分1、
   5万分の1)に山名栗子山と標高とが記載され、 一等三角点が設置されている高峰であ
   る(現行一等三角点「点の記」:点名「栗子山」、標高1217.15m」)。
  【備考】
     (1)A、B、C三峰を併せて杭甲嶽と云う。後に、栗子山と改称。
         栗子山に改称する旨の山形県令三島通庸の照会状に対する地元区長の明治11年(1878)1月19日
        付けの異存無い旨の回報文(返書)による。
      (2)Aを大杭甲(山)、Bを小杭甲(山)と云い、併せて「杭甲嶽」と云う。
         『万世大路事業誌』(明治14年福島県土木部編所収「雑記之部」、『福島県直轄国道改修史』所収「中
        野新道雑記」)による。(Aを大杭甲、Bを小杭甲とするのは筆者の推測)。





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